恩寵のように冬が来る
Winter comes as if grace arrives




信号が変わる。

―むかしね。谷山豊TANIYAMA Yutakaって人がいたんだ。

Aは声をすこし大きくして言った。

―若くして亡くなった。婚約者もたしかまもなく亡くなった。彼とその友人が作った予想が、フェルマー予想Fermat Theoremを解くかぎになった。ワイルズWilesという人が解いてもう十年以上になる。それで谷山TANIYAMAの特集が雑誌に載ったことがあった。

Iはただ彼を見ている。

―そのときね、本屋で読みながら、すごくうらやましいとおもった。雑誌は買わなかったけど、買ってもしかたがないような気がしたから。自分にはそのときなにもなかったから。ただ、そんなふうに生きてみたい、死ぬことじゃないよ、一度生きるならそんなふうに生きたいとほんとうにおもった。それがたぶん自分には生涯できないとわかっていたから、よけいうらやましかったんだ。それがね、いまは谷山TANIYAMAのように生きている。彼のようにすごくもなんともないけど。おもいはまったく同じなんだ。

―すごいわね、ほんとうに。そんなにおもえるなんて。

書店が見えてきた。

ふたりに今、恩寵のように冬が来る。For the two, winter comes as if grace arrives.



Source: Sekinan Library / Story
Reference: The Complete Works of TANIYAMA Yutaka / 11 November 2012

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